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モライート ――乾いた風

2011.08.10.Wed.22:10
はじめてモライートのギターを聴いたのは、いまから20年前。
日本フラメンコ協会(ANIF)主催「フラメンコ・フェスティバル(第二回)」のゲストとして、エル・トルタとともに来日したときのことです。

$Senovilla Japon(セノビージャ・ハポン)公式ブログ


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バイレを習いはじめて間もなかった当時の私は、カンタオールといえばカマロン、ギタリスタといえばパコくらいしか知りませんでした。
自分が習っているセビジャーナスやブレリアが、どう考えてもスペインのアルティスタのビデオ(当時まだDVDはありませんでした)と同じジャンルの踊りとは思えず、これが私のやりたかったものなんだろうか…と素朴な疑問を抱いていた折でもありました。
個人的にも、大学卒業後、最初に就職した会社をある種の挫折感とともに退社し、次の仕事を探しながらふらふらと彷徨っていた時期。
すべてが、不確かで頼りなく感じられる日々だったように思います。

いろんな踊り手さんが出演するから勉強になるよ、と友人に誘われて、会場に足を運んだあの日。
いまプログラムを繰ると、蒼々たるお名前がズラリとならんでいます。
でも、自分がやや情緒不安定だったせいか、それともフラメンコの知識自体がまったく不足していたせいか、いまひとつ舞台に集中できないまま、第一部が終わりました。
休憩を挟んで、ゲストの登場。
突然、エル・トルタの、空気を切り裂いて二階席奥まで届く地鳴りのような咆哮。
その放埒なエネルギーを骨太に支えるモライートのギターは、虚飾も外連味も排した「嘘」のない音でありながら、軽妙さ、柔らかさ、そして時にはモダンな味わいも隠し持っていて、一言でいうなら「衝撃」でした。

これは、はじめて聴く声だ、はじめて味わう音だ…。

ゲストのステージが終わり、再びの休憩。
私は、椅子から立ち上がることができませんでした。
隣の友人と喋ることもできませんでした。
立ち上がったら、喋ったら、いま身体の中に入ってきたものが出ていってしまう。
日常の空気の中に散らばって、溶けていってしまう。
そうしたら、もう二度と捕まえられない。
この感じを、できることなら家まで持って帰りたい。

この夜私が出逢った音楽に、「Jerez」という地名が抜きがたく染み付いていることを知ったのは、それから少したってからのことでした。

乾いた土の匂いのする音。
センチメンタルな気分を一掃する、埃まじりの風のような音。
心の湿度を下げ、体温を上げてくれる音。
モライートのギターは、私にとって、今日にいたるまでそういうものであり続けてきました。

Moraíto(Chico)- Manuel Moreno Junquera
1956年9月13日 ヘレス・デ・ラ・フロンテーラのサンティアゴ街で生まれる。
2011年8月10日 55歳の若さで逝く。

ご冥福を祈ります、なんてまだ言えない、言いたくない。
乾いた風にのって、いつでも戻ってきてください、と祈る夜です。
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