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見えるものと見えないもの 4/4

2011.07.19.Tue.01:06
ホテルでチェックインを済ませた後、再び三人で落ち合い、居酒屋へ。
何はさておき、生ビールで乾杯!
続いて、自己紹介を兼ねた赤裸裸トーク。
特に友人のわねは、ブログを見ていただければ判るとおり、実にドラマチックかつドラスティックな半生を送ってきたツワモノ。
カウンセラーらしい心遣いは随所に散りばめられているものの、イマドキの若人にはちょっと過激すぎる辛口告白に、横田さんは「あー、オレなんてまだまだヒヨッコですねえ!」とぶっとんでいました。
そんなわねの粋な計らいですっかり打ち解けた三人は、ここには書けないディープな自己紹介(私が一番薄味だったかも)を含め、深夜まで盛り上がりました。

とりわけ印象に残ったのは、横田さんが支援活動にまつわる悩みや迷いについて、語ってくださったことばです。
「ブログに、「救援物資をお送りいただき本当にありがとうございます!」って書くでしょ。でも、自分がもらってるわけじゃないのに、ありがとうって何かおかしくないか?って考え込んじゃった時期があったんですよね。だけど原点に戻ってみたら、苦しんでいる被災者の人たちを見て、この人たちを何とか支えたいって思う自分の気持ちを呼びかけて、それに応じてくれた人にありがとうっていうのは、うん、おかしくないな、って気がついて。それからは素直に、ありがとうございますって書けるようになりました」。
小さな違和感をスルーせず、ていねいに向き合おうとする誠実さに、私は感銘を受けました。
思えば震災直後、寄付の送り先を探していた私は、日本赤十字や赤い羽根共同募金会、各県災害対策本部など、さまざまな組織やブループを比較検討していました。
しかし、機動的でなかったり、現地のニーズに合わなかったり、物資が末端まで行き届いていなかったり、被災者個人の支援に直接繋がっていなかったり…という実情を勘案し、結局NPO法人ですらない横田さんたちの「①Action Project」を選択するに至った経緯があったのでした。
この選択はやはり間違っていなかった、と、このとき改めて思いました。

翌日仕事を控えているわねは、最終の新幹線で慌ただしく東京に戻っていきました。
ほろ酔いの横田さんは、「次、行きましょう」と、ご自身が以前行きつけだったお店に誘ってくださいました。
イタリアンバルとカフェバーが合体したような、お洒落なお店でした。
馴染みの店長さんは不在でしたが、横田さんと顔見知りの店員Iさんが迎えてくれました。
夜が更けて他のお客さんが帰ってしまうと、お店は貸し切りになりました。
Iさんは、今年結婚し、先月赤ちゃんが生まれたばかりとのこと。
先月! …どう反応していいのか、一瞬ことばに詰まりました。
横田さんはIさんに、「この人はね、東京から福島を救いにに来たんだよ!」と意味不明な紹介をしてくれ、それから今日の一連の出来事を説明しはじめました。
さらに二人は、他のお客さんがいるときには決して口にできないであろう原発事故後のあれこれについて語り続けました。
時に笑いを交え、時に苦渋の表情を浮かべながら。
だいぶお酒がまわってきたかな…と思ったころ、横田さんはグラスを両手で握りしめ、唇をかみしめたあと、うめくように呟きました。
「ゲンパツ、が、…なあ……」

彼らの原発事故への認識が甘すぎるのでは、などと思っていた自分の心臓が撃ち抜かれる思いでした。
たとえ情報が不足していても、正確な報道がなくても、危機感は肌で、身体で、みな感じているのです。
横田さんも、Iさんも、みんなギリギリで耐えているんだ。
今日を生き抜くために、必死で闘っているんだ。
私は明日、東京に帰ってしまう。帰る場所がある。
東京だって決して安全とは言えないけれど、でも少なくともこことは全然違う。
何もかもが、桁違いに違う。
そのことが、とてつもなく理不尽で、アンフェアで、赦しがたい悪のように思えました。

ホテルまで送ってくださった横田さんに、別れ際、私はこう伝えました。
私がマスクをして歩くのは、自分を護るため、だけじゃないの。
もしマスクをつけたいと思いつつためらっている人がいたら、勇気を出してほしいから、その人へのメッセージをこめて、マスクをしているの。
明日から、あなたにもマスクをしてほしい。
本当は、若い人にはここにいてほしくないけど、逃げてほしいけど、でももしここにとどまるなら、少なくともマスクはつけてほしい、と。
「そうだったんですね… わかりました。そうします」。
横田さんは、そう答えてくれました。

部屋に戻ると、あらかじめ入口に用意していたファスナーつきビニール袋に靴と裏返しに脱いだ衣類を密封し、マスクを水で洗った後ポリ袋に放り込んで捨て、手洗いうがいをしてシャワーを浴びました。
髪を洗っているとき、昼間見かけた自転車の少女の姿が、浮かんできました。
続いて、若い母親に抱かれた赤ん坊が。中学生らしい男の子たちのやんちゃな笑顔が。居酒屋の若い店員さんや、来店していた若いカップルたちが…。
やわらかく、小さく、愛おしい、すべてのもの。
平穏な生活。ささやかな喜び。未来への希望。
それらを、目に見えない幾千幾万の刃が刺し貫いていくイメージに、私はもう耐えられなくなりました。

シャワーを浴びている間中ずっと、私は声を上げずに泣き続けました。
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