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休業日のおしらせ

2011.07.10.Sun.11:39
7月11日~13日まで、セノビージャ・ハポンのフィッティングルームはお休みをいただきます。
この間、仙台市と福島市を訪ね、被災地の実情や原発災害の影響等を見てまいります。

セノビージャ・ハポンの公式サイトでもご案内の通り、弊社は設立直後に東北関東大震災に直面しました。
震災後今日まで、一企業として、またスタッフが個人として、「東日本大震災支援①Action Project」に支援物資を送り続けてきました。
「東日本大震災支援①Action Project」は、被災者自身が被災者支援活動を担う市民グループです。
避難所の閉鎖に伴い、少なからぬ数のNPOやボランティアが撤退しつつある現在も、より支援地域を拡げ、精力的に活動を続けています。
代表をつとめる横田智史さんは、ご自身のブログで随時必要な物資のリストを公開し、活動報告をほぼリアルタイムでアップしておられます。
被災地への輸送もすべてボランティアで行われ、自衛隊ですら入っていけないような集落や個人住宅避難所等へも、散乱するガレキをかきわけながら、実にきめ細やかに物資を届けてくださっています。

横田さんのブログを通して、また直接電話やメール・メッセージでのやりとりを通して、私は現地の実情の一端にふれることができました。
震災後数ヶ月たっても、まだ一日おにぎり2個で過ごさざるをえない方々や、お風呂に入れない方々がおられること。
支援物資が大きな避難所に偏り、既得権益や縦割行政の壁にはばまれて、物資が不足している被災者に融通できないこと…
こうした事実は、「復興」ばかりを強調するきらいのある昨今の報道では、ほとんど伝えられません。

児童園の若き園長先生でもある横田さんは、「本業に支障をきたしながら、いつまで活動を続けるべきか」「周囲の人々を巻き込んでまで活動を継続してもよいのか」といった迷いを抱えながら、一歩一歩歩んでこられたとのこと。
先日の電話では、「まだまだ苦しんでいる人がたくさんいる。それを知りながら、辞めてしまうことはできません。今後も必要とされる限り、活動を続けたい」という静かな決意を伺いました。

弊社もまた、継続的な支援のあり方について、模索を続けています。
そして、その一方でどうしても頭を離れないのは、福島第一原発の事故による影響です。
ご存知の方も多くおられると思いますが、被災地では、避難すべきか否かをめぐり、また被曝のリスクを軽減するための方法等をめぐり、さまざまな葛藤や苦悩、戸惑い、軋轢が生じています。
一方、現地で流布している情報は、率直に申し上げて私の住む首都圏以上にバイアスのかかったものが多く、テレビやラジオ、新聞以外の情報の入手が難しい立場におられる方も大勢いらっしゃいます。
現に横田さんご自身も、震災の被害によりPCが故障してネット接続できず、主要な情報源が限られているとのこと。
このように充分な情報がない中で、また事故の全貌がまったくつかめない現段階で、被災地の方々は一生を左右するような決断を迫られています。
これは、精神的にも経済的にも、個人にとっては重すぎる負担です。

弊社では、これまでも放射性物質対応マスク(N-100、N-95)などを送ってきましたが、今回新たにガイガーカウンターを購入・寄付することにしました。
被災地の方々が、ご自身の人生を選びとって前に進むためには、現状を正確に把握する手段を持つことが必要だと考えたからです。

私自身は、ガイガーカウンターを必要とするような被曝のリスクの高い地域から、少なくとも小さなお子さんや妊婦さん、ご病気や体質などによりハイリスクとされる人々、そしてこれから子を持つ若い世代の人々は避難をしてほしいと考えています。
仮に永住が難しいとしても、当面の間、相対的に線量の低い地域への一時退避は必要だと思います。
また、彼らが避難している間に、できる限りの除染(除染はそれ自体が被曝のリスクを伴いますので、公的支援とマンパワーが不可欠です)を行うことや、空間線量だけでなく、土壌、水、食品の汚染状況をより緻密にモニタリングし、内部被曝のリスクを下げる手段を講ずることも必要でしょう。
被災地の「復興」は、未来をその身体に宿している子どもたちをまもることなしには、けっしてありえない、と思っています。
これは、30年以上の間原発を巡る問題に関心を寄せ、ジャーナリストとして原発取材を行った経験も持つ、私個人の考えです。

しかし、被災地に住む一人ひとりの人生は、「べき」論で片付けることはできません。
そうするには、人はあまりにも複雑で、壊れやすく、繊細なのです。
いずれを選んでも苦しい決断だからこそ、その苦しみを少しでも分かち持つ方法はないか、そして共にこの難局を生き抜く方法はないか――その答えを求めて、今回の出張を決断しました。

答えは、簡単には見出せないかもしれません。
でも、被災者に寄り添うということは、その悩みや迷いを自らのものとして、一緒に抱えていくことだと思っています。

フラメンコ関連のイベントが目白押しのこの時期にお休みをいただくことをお詫びするとともに、皆さまのご理解を賜りますよう、お願い申し上げます。
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