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セノビージャ・ハポンができるまで その①

2011.05.12.Thu.23:41
「セノビージャ・ハポン」は、スペインのセノビージャ・ブランドを専門的に扱う日本法人。
これにより、セノビージャ・ブランドは、はじめてスペイン国外に拠点をもつことになりました。
日本法人の三人のスタッフのうち、ミゲルはスペイン・セノビージャの社長でもあり、りえ天は同じくスペイン・セノビージャのセビージャ店店長。
日本に新しく会社を作る、というプランは、二人の間で数年前からあたためられていたのです。

このプランを後押ししてくれたのは、まず何よりも日本人のフラメンコへの圧倒的な情熱でした。
いまやユネスコの「世界無形文化遺産」に登録されるほど、グローバルな拡がりをもつフラメンコ。
そんななかでも、日本のフラメンコ人の愛は、間違いなくホンモノ。
そのたしかな手応えを、ミゲルもりえ天も、ひしひしと感じとっていました。

そして、二つ目の理由は、日本特有のさまざまなニーズに対して、もっとこまやかにご対応したい、という二人の想いからでした。

旅行や留学などをきっかけにセノビージャの靴を知っていただいたお客さまから、少しずつセノビージャの名は日本に浸透していきました。
スペインへのお問い合わせが増え、メールオーダーによる個人輸入のお客さまも増えてきました。
それを一手に引き受け切り盛りしていたのが、りえ天でした。

ココロの距離は近いスペインと日本。でも、実際上の距離はやはりネックになります。
何といっても、靴はまず履いてみなければわからないものですし、個人輸入にともなうお客さまのご負担やリスクもあります。
また、靴は買って終わりではなく、アフターケアも重要なサービスのひとつ。
こうした事情から、日本国内でお客さまをお迎えできる場所が、どうしても必要になってきました。

さらに、日本人の足や身体の特質をふまえたフィッティングや靴作りへのフィードバックは、遠く慣れたスペインからではどうしても限界がありました。

そんなある日のこと。
メールオーダーで購入したある顧客が、セノビージャの靴に「クレーム」をつけてきたのです。
その張本人が、のちに二人とともに会社の立ち上げに加わるnadja、このブログの筆者だったのでした。

(つづく)

*foto : スペイン・マドリッド郊外にあるセノビージャの靴工房にて。ミゲル(左から三人目)と工房のスタッフたち。

$Senovilla Japon(セノビージャ・ハポン)公式ブログ-Taller 2010.12
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