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ひとり七草粥

2013.01.07.Mon.20:26



年末年始、忘年会や新年会に参加できなかったせいか、新年を迎えた実感がいまいちわきません。
ちょっと気分を出そうと思い、なんちゃって七草粥を作ってみました。
塩だけのシンプルな味つけで、爽やかな風味を楽しみました。

個人的なことながら、年末年始はかなり淋しく過ごしました。
大晦日まで仕事だったため周囲とスケジュールがまったく合わず、忘年会にも一度も参加できず。
パートナーはこの時期多忙なので、例年年越しは電話で新年を祝うのみ。
家族とも、父方の祖母の葬儀をのぞいて、20年以上全員が集まったことはありません。
なので、年始は友人たちと過ごすのが常だったのですが、学生時代からの悪友四人組のうち私をのぞく三人が、さまざまな理由から、この一年半の間に東京を離れてしまいました(しかもなぜか全員九州に集結)。
三人が独身、三人に子どもがいないせいか、普通なら家族と一緒に過ごすだろう時期に、遠慮なく声をかけ往き来しあえる気の置けない友人たちだったのですが。
最後の一人が大分に越したのは、昨年末。
こちらはクリスマスフェアなど繁忙期を迎えており、送別会もできませんでした。
最近でこそ顔を合わせる機会はめっきり減っていましたが、いつでも会おうと思えば会えるという安心感と、ときどきの長電話が、忙しい日常の中で大きな支えになっていたことを改めて思い知らされました。

こういう淋しさは、結婚して家族を持つという選択をしなかった者につきものの感情かもしれません。
パートナーと4歳離れている私の場合、二人とも平均寿命まで生き延びられたと仮定すると、おそらく人生の最後期に最低10年くらいは彼のいない人生が待っているわけです(いや、血圧が高めの彼のことだから、もうちょっと長く見積もった方がいいかも?)。
淋しいといえばもちろん淋しいのですが、そういう人生を選び取ったのはほかならぬ自分自身ですから、その淋しさも含めて受け取るしかないでしょう。
そう考えると、今年のお正月に感じたのは、「独居老人」となるべく運命づけられている自分自身の未来のイメージなのかもしれません。
それはただ淋しいだけでなく、静けさと甘やかな気だるさに満ちていて、正直嫌いじゃないかも…と思いました。

極寒の時期に「春の七草」から爽やかな元気をもらう智恵。
昔から人はこんな形で春の予感を膨らませながら、厳しい冬を乗り切ってきたのでしょう。
数十年後に、ひとり七草粥に手を合わせる自分自身の姿を想いながら…
いただきまーす

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コメント
1 ■明けましておめでとう!
今年もこんな私ですが、よろぴくお願いします☆

ちなみに、私も年末年始は一人でした~
姉さんに連絡すればよかったー!

なんか年が明けたっていう気があんまりしないのよねん。。
今年はいい年にするぞ~!
2 ■こちらこそよろぴくねん☆
>宇佐美 八千代さん
あはは…やっぱ将来はフラメンカ限定シェアハウスを作った方が良さそうだね。
もちろん地下にスタジオ、一階にライブスペースつきで(爆)

今年はきっといい年になるよ。
何の根拠もないけど私が保証します^^

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