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Fukushima mon amour

2012.06.17.Sun.23:57
昨日、日本政府は関西電力大飯原発3,4号機の再稼働を決定しました。
早ければ来月1日に起動、4日に発電開始の運びとなります。
6月8日の会見で、野田佳彦総理大臣はこのように述べました。
「国民の生活を守るために、大飯原子力発電所の3,4号機を再起動すべきというのが私の判断であります」「国政を預かる者として、人々の日常の暮らしを守るという責務を放棄することはできません」。
そして、本日改めて総理大臣の記者会見を開かなかった理由を、「8日の会見で説明は尽くしているので、必要ない」としたのです。

さらに本日は、経済産業省原子力安全・保安院が、北海道電力泊原発1,2号機、九州電力川内原発1,2号機、北陸電力志賀原発2号機のストレステスト結果の審査を8月までに終える方針を固めた、との報道も流れています。
これは、すでに審査を終えた四国電力伊方原発に加え、上記5基が再稼働の有力候補に加わったということを意味します。

わずか一年ほど前に起きた、東京電力福島第一原発1~4号機の事故。
一企業の設備事故が、対流圏にまで放射性プルームを突き上げた結果、国境を超えて世界中に汚染を拡散し、約16万人(避難指示を受けた直接避難者のみ、2012年2月現在)の避難者を生み出しました(*註)。

(*註)むろんこの他に、膨大な自主避難者がいることも忘れることはできません。避難者の実態調査結果については、以下をご参照ください。
●今井照「原発災害避難者の実態調査(1次)」
 自治総研通巻393号 2011年7月号


●同「原発災害避難者の実態調査(2次)」
 自治総研通巻398号 2011年12月号


●同「原発災害避難者の実態調査(3次)」
自治総研通巻402号 2012年4月号



無人となった地域に取り残され、息を引き取った人々。
離郷により、家族を引き裂かれ、仕事を奪われ、生活を破壊された人々。
健康被害に怯えながら、息をひそめるように暮らす人々。
いまこの瞬間も、危険で苛酷な作業現場で働く下請・孫請の労働者たち。


激しい表現であることを自覚しつつあえて申し上げれば、上記のような人々の存在にもかかわらず、既存の利権構造を維持するために原発の再稼働を「責務」と言い放つことを、私は、人としてこの上なく破廉恥な行為だと思いました。

一年ほど前(2011年4月1日)、私は自身のmixiの公開日記に「二度敗ける」という文章を書きました。
その文章の一部を、今日は再掲いたします。

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震災以前に聞いた、あるドイツ文学者の言葉です。
「二度敗北しないと人間は学ばない」。

ドイツは二度の世界大戦を経てようやく「戦後」を獲得した。
日本(第二次大戦)もアメリカ(ベトナム戦争)もまだ一度しか敗けていない、と。

二度敗北する、とはどういう意味でしょうか。
たとえば、一人の人間が、人生において二度敗北という体験を持つこと。
そしてそのような人間が生きている社会が、社会全体として二度敗北体験を持つこと。
大戦争が体験者の平均寿命を一つのスパンとして周期的に勃発するように、失敗の先例が生かされなくなるとき、新たな危機が訪れるという周期説は、上記のような仮説に基づいているでしょう。
その文学者の言葉を鵜呑みにするわけではありませんが、過ちをおかした時は、徹底的にその経験に打ちのめされてこそ次がある、という趣旨には頷けるものがあります。

「フクシマ」に対するヨーロッパのビビッドな反応には、チェルノブイリ原発事故が大きく関わっているでしょう。それ以前の原発事故、たとえば1957年の英国ウィンズケールの事故は、甚大な被害の爪痕を今日まで残しながら、時のマクミラン政権下で、事故報告書(通称「ペニー報告書」)が政府機密に指定され、長く封印されてきました。
しかし、チェルノブイリ原発事故の翌年、このウィンズケールの事故報告が30年にわたる封印を解かれて人々の眼に触れることになったのです。その後、疫学調査の結果等も公表され、周辺住民の白血病による死亡の実態が知られるようになりました。現在でもこの地域は白血病発症率が高く、全国平均の三倍と言われています。
このふたつの事故は、その後のヨーロッパにおける脱原発の潮流をつくる大きな要因になりました。

しかし、日本は本当に「一度しか敗けていない」のでしょうか。

茨城県東海村のJCOの臨界事故では、多くの作業員が大量被曝とひきかえに臨界事故を収束させ、うち2人の方が事故から数ヶ月の間に「多臓器不全」という痛ましい最期を迎えました。その体験は、生かされてきませんでした。

新潟県中越沖地震における柏崎刈羽原発の火災と放射性物質の漏洩は、事故後の調査で、設置許可申請時の活断層の評価がまともになされていなかった(複数の活断層のうち、いくつかは活断層と認めず、残りの大きさも数分の1程度に評価していた)ことが判明しました。それでも、原子力安全・保安院はこの事故をレベル0-と評価し、柏崎刈羽原発の運転は再開されました。

思えば大戦末期、広島、長崎への相次ぐ原爆投下の後も、国体護持の途を探るために終戦の詔勅は遅れました。結果として、最期の爆撃=大阪大空襲を招来したことは、作家の故小田実さんが生前訴え続けてきた通りです。彼はこの一度の体験を血肉化することで、ベトナム戦争時、空襲の航空写真に写された街=下界で何がおきているかを、一目ではっきりと看破することができたのでしょう。

過ちが過ちであることを認識するのは、能力と同時に感受性の射程の問題でもあるでしょう。ウィンズケールの死者、チェルノブイリの死者、JCOの死者、広島の死者、長崎の死者、大阪の死者、…それがたとえ、あなたの家族や恋人、友人でなくても、そこでは誰かにとって大切な誰かが、命をおとしているのです。
すでに多くの「失敗」と「敗北」を、私たちの社会は経験してきています。

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この日記を書いた後、ドイツ、スイス、そしてイタリアが、脱原発政策へと大きく舵を切りました。
私たちの社会は、これからどこへ向かうのでしょうか。

1万人の人々が首相官邸を取り巻いて抗議の声を挙げても、公営放送が一秒たりとも報じない国で、窒息しそうになりながら、私も一人分の声を挙げたいと思います。

福島を、二度殺すな、と。
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