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至福の一時間

2012.12.02.Sun.23:46
またもや、大失態をやらかしてしまいました。
昨日、仕事中に友人から突然の電話が。

「いまどこにいるのー?」
「へ? えーっと…仕事してるよー」
「ええっ!? ラファのライブ、今日だよ!!」
「…ぎえええええwww叫び叫び叫び
↑ お客さまが目の前におられたので、これは心の叫びです。

というわけで、すごーくすごーく心待ちにしていたラファエル・カンパージョのライブなのに、一日取り違えてしまった私。
昨日は終日お客さまのご来店が続き、泣くヒマすらなかったのですが、我に返ってみると改めて悲しいやら悔しいやらで、夜も眠れないほど。
バカッビックリマーク 私のバカーッ!!!!!!

結局どうしても諦めきれず、本日ダメモトで会場に駆けつけました。
折しも入口に俵由紀さんがおられ、事情をお話しすると、「満席なので、すべてのお客さまが着席されてからご案内しますね」と優しく答えてくださいました。
本当に本当に、後光がさして見えるほどありがたかったです。

ライブは、カンテ(ヘロモ・セグラ)、ギター(ファン・カンパージョ)、バイレ(ラファエル・カンパージョ)の三人のみというシンプルな構成。
最初にファンのギターが鳴り渡った瞬間から、アンコールの後ラファエルが上着を手に笑顔で立ち去るまで、不要なものは何ひとつなく、どこまでも「趣味の良さ」が際立つ上質なステージでした。

ファンのギターは、まず音そのものが持つ魅力に圧倒されました。
囁き、あふれだす笑い声、快活なお喋り、かすかな嘆息、… それら丸い音の一粒一粒に、金粉がまぶされているような倍音の美しさ。
相槌を打つようにヘロモの小気味よいパルマが重なり、豊かな情感のカンテが会場の空気を徐々に温めます。
二人に深く同意するように加わるラファエルの繊細かつ力強いサパテアードは、すでに「足音」ではなく「肉声」としか呼べないものでした。
何も言わなくても通じ合うからこそ、探りを入れることも出しゃばることもなく、互いの存在を心地よく感じながら自然体でいられる、そんな三人を見ているだけで、こちらまで満たされた気持ちになっていきます。
こんな風に踊られたら、さぞかしカンタオールは嬉しいだろう…
こんな風に唄われたら、指がひとりでに動き出すだろう…
こんな風に奏でられたら、いつまでも踊り続けられるだろう…
ライブの間じゅう、何度そう思ったことでしょう。

かわるがわる中心点が交替しながら、周回するコンパス。
曲が変わるひとときの「間」さえ、音楽の一部。
心に秘めつつ口には出さない地点を目指し、
近づきつつ遠のき、遠のいたかと思えばぴったりと寄り添い、
気がつけばあっという間に過ぎていった、純度の高い一時間でした。

いまが最高潮の黄金期との呼び声も高いラファエル。
「どうだ、スゴいだろう」と言わんばかりの踊りには魅力を感じない私ですが、今日の彼からはそんな気配を微塵も感じることはありませんでした。
むしろ、洗練を極めつつ決して受けを狙わない潔さや、時折垣間見えるはにかみのような奥ゆかしさが強く印象に残り、彼のフラメンコに対する姿勢を内側から照らし出しているように感じられました。
そして何より、独特のチャーミングな持ち味は「マエストロ」というより「永遠のフラメンコ少年」。
この先どんなに年齢とキャリアを重ねても、そこだけは変わらずにいて欲しいなあ…と勝手に願う私です。

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ひとりエルフラ

2012.10.03.Wed.03:32
「エルフラメンコ友の会のチケット期限って、明日までですよ」。
昨日ご来店いただいたお客さまからのありがたいリマインドで、はっと気がつきました。
実はここ数年来、年二回使用可能なチケットを、完全にムダにしまくっている私。
いつも期限を過ぎてから、うあああ、またやっちゃったよ~と溜息をついていたのですが、今日はなんとか仕事を終えて駆けつけました。

お店に辿り着いたのは、一部もすでに後半に差しかかったころ。
エルフラではグラスワイン数杯で過ごすのが常の私(ごめんなさい!)ですが、久しぶりにコースディナーをいただき、ちょっぴり贅沢気分。
久々にいただいたコース料理は、あれ何だか前より断然美味しくなってる
惜しむらくはおひとりさまってコトだけど、これもまた良し。

現在出演中のヘスス・オルテガのグループのパンフ。
そしてムダにしてしまった5月末期限のチケット…


クリスティーナ・オヨスの演出によるステージは、ちょっと前のフラメンコってこうだったな、と思わせる懐古的な味わい。
セビジャーナスで後味よく締めるという構成も、このグループが醸し出す旧き良きセビージャのイメージにはしっくりと馴染んでいたと思います。
ちょうど私がフラメンコを習いはじめた約20年前にしばしば目にした「フラメンコ」のイメージに近いでしょうか。
客席も、ふだんよりちょっぴり平均年齢が高かったような気が…。
個人的には、インマ・リベロの強さと軽妙なおかしみを併せ持つ唄いっぷりが印象に残りました。

率直に言うと、a publicoな挙
措がやや鼻につく局面もなかったわけではありません。
でも、それがまさにフラメンコを習いはじめた当初さんざん注意を受けた点だったこと、そして当時の私が、a mí mismoを経由せずにいきなりa publicoなんてムリと心ひそかに思っていたこと…などなども、ちょっぴりほろ苦く思い出させてくれました。

終演後客席を見回すと…ふふふ、やはり見慣れた顔を発見。
数年ぶりにばったり再会した友人と、そのままナナに直行です
とはいえ、彼女は完全な下戸、私は翌朝仕事を控えているので、今宵ばかりはジンジャーエールで乾杯し、終電で戻ってきました(と威張って言うほどのことでもないが)。
やっぱりね、一人もいいけど、二人もいいよね。

そういえば…
エルフラでお会計の際にいただいた抽選くじで、当たりをゲット
わーい、超ラッキー
しかし…よく見るとこの商品券も期限つき。
またムダにしないよう気をつけなきゃ、ですo(>_<)o


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demasiado

2012.09.11.Tue.01:28
度が過ぎる、ということが、いつからか私にフラメンコを強烈に感じさせる大切な要素になっています。
おそらくフラメンコを習いはじめる前から、そしてフラメンコというものが何かを考えるときの参照項目になる以前から、そうしたものの居場所が心の空隙に準備されていて、フラメンコと出逢うのを待っていたのかもしれません。
ほどよいものやバランスのとれたものがどこかきまり悪く、予定調和に居心地の悪さをおぼえる、といえば少し近いのではないかと思います。

とはいえ、バランスを崩せば良いというわけでは、決してありません。
おい、大丈夫かよ!?というギリギリまで突き抜けつつ持ちこたえる、そのエネルギーの流動に、わけもわからず感動するのです。
バランスとは決して静的な状態ではなく、途方もないリスクを負った拮抗であるということ。
バランスからアンバランスへ、あるいはアンバランスからバランスへと向かう行為自体が、鳥肌が立つほどスリリングであること。
そういう感覚を最初に味わわせてくれた踊り手の一人が、私にとっては20代前半の若きイスラエル・ガルバンでした。
「このひと、凄過ぎ…」

とはいえ、とりわけ『La Raiz del Grito』でのシギリージャの印象が鮮烈だったせいで、後の来日公演ではあまりに衝撃的なプロポーションの変化に思いっきり目眩がしました。
「このひと、変わり過ぎ…」

その後ショックから立ち直る(?)とともに、彼の踊りそのもの、そして彼自身にますます圧倒されるようになりました。
ちょっと油断した隙にどんどん変化を遂げてしまう、それでいていつ何時も彼自身であり続けている、そんな危うい拮抗に眼を奪われるのです。
それはあたかも、完璧さを具備した強靭な身体と、言いよどむ口調やシャイな表情に現れる命のふるえのようなものが、何の違和感もなく同居している危うさと二重写しのようです。
「このひと、面白過ぎ…」

というわけで、今年のビエナルの映像が早速アップされたとなれば、たとえ仕事の合間とて、どうして観ないでいられよう。
…と思ったのですが。


Israel Galván - Solo - Bienal de Flamenco de Sevilla 2012

「ていうか、このカメラ近過ぎ…」
ま、これは本人のせいではないのだけど、私にとって彼はやはりどこか「度が過ぎる」人なのでした。

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タップとフラメンコ

2012.07.31.Tue.00:41
私の大好きなダンス映画のひとつ『Tap』。
ふと気がつけば、すでに20年以上前の作品になってしまったんですね。
主演のグレゴリー・ハインズも陰の主役のサミー・デイビス Jrも世を去って久しいですが、映画の中には彼らの「アイレ」(と思わず呼びたくなる)が充溢していて、いまも色あせることはありません。

映画は、ダンスを捨てた刑務所帰りの男が、かつてのダンスパートナーである恋人とヨリを戻し、再び踊り始めるまでを追った、言っちゃあ何ですけど超フツーなストーリーです。
設定も舞台も、特筆すべきことは何もありません。
尋常じゃないのは、随所に散りばめられたタップ、タップ、そしてまたタップ。
だって…オープニングからいきなりコレですから。



           Gregory Hines: Tap

あーもぉー、いつ見てもかっちょえぇなー…ビックリマーク

ところで…
これってフラメンコ?と思うくらい、共通点があるような気がしませんか?
実は、バイレフラメンコ・モデルノは、タップから一部のテクニックを借りています。
一説によればその起源は、1970年代初頭にイギリスでタップ技術を習得してスペインに持ち帰り、積極的にフラメンコに応用したラウルにまで遡ると言われます。
モデルノの身体技法には「ida y vuelta」とも呼べる側面があるのですね。
この時期を境に、サパテアードのテクニックは、強靭な脚力で地面を殴打する方法から、脚をぶら下げて関節を緩ませるような打ち方へと大きく転換を遂げました。

もちろんそれ以前から、このような身体技法を駆使していたアルティスタは少なくありません。
例えば、現代フラメンコの祖と呼ばれるマリオ・マジャや、いまや伝説的存在になってしまったアントニオ・ガデス、私がこよなく愛するマヌエル・ソレール、…
彼らは、自身の優れた身体感覚をよりどころとし、より豊かな表現、より深い音色、そしてより自然で無理のない動きを追い求めた結果として、彼ら自身のスタイルを創り上げていったのでしょう。
しかし、そうした技法をフラメンコ界全体が意図的に貪欲に取り入れ始めたのは、そう遠い昔のことではなかったのです。



Baile: Mario Maya, Cante: Antonio Cuevas, Toque: Paco Cortes y Angel Cortes

ちなみに…比較のためにグラン・アントニオの映像を探したのですが、YouTubeでは見つかりませんでした。意外!
VHSなら手許にあるのですが、ブログにアップする方法が判らないので割愛します。
代わりに(おっと失礼!)フローラ・アルバイシンの映像をアップします。
新旧のテクニックの違い、一度ゆっくり見比べてみてください。



Liviana-Farruca Baile: Flora Albaicin, Cante: El Combreño, Toque: Paco Regato

...................................................................................................

そして最後に。
私論ではありますが、タップとフラメンコの一番の共通項は、「徹頭徹尾自分たちのためのものである」という点ではないかと思います。
いずれも王様や神様のために唄い踊り奏でるのではなく、そうせずにはいられない、それ自体が生活の一部である、そんな芸術です。
決して恵まれた社会階層に属しているとは言いがたい人々が、自分たちが生き抜くための必然として生み出したアルテには、虚飾を排した生そのものが凝縮しているような気がします。

そのことが非常によく伝わってくる名場面が、映画『Tap』の中にあります。
ふだんはカードゲームに興じ、葉巻をふかし、老いぼれた身体を椅子に沈めているようなおじいちゃんたちのタップ魂に火がつき、突然爆発的ドンッに踊り出すシーン。
これがもー、まさにフィエスタそのものなのです。
円陣を組み、一人ずつセンターに出て行って踊り、自分の得意技(これがまた、アングリと口があいちゃうほどスゴイ踊りなのです)を披露し、踊りを捨てた主人公をどんどん挑発します。
周囲はやんやと囃し立て、踊り手をどんどん乗せていき、さらには自分もどんどんその気になっていき、「次はオレだぞ」とセンターに踊り出る。
埃っぽい部屋に差し込む黄色い西日、古びたアップライトピアノが奏でる調べ。
粋で、楽しくて、カッコ良くて、切なくて、…私にとっては最高に「¡Olee!」なシーンなのです。
こちらもYouTubeでは中途半端な映像しか見つからず、残念ながら割愛。
ご関心のある方は、ぜひDVDで観てみてください。
超お勧めですドキドキ

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アイレが生まれる姿勢

2012.07.27.Fri.01:56


友人から「これはパソがとりやすいよー」と教えてもらった、コンチャ・ハレーニョのクラス風景の映像。
ああ、この角度…私が一番好きなカメラポジションではないか晴れ

関係ないけど、最近のフラメンコ映像って、踊りがちゃんと見えないものがとみに増えてますよね。
顔アップとか足アップとかのパーツ撮りって、超イミフなんですけどっむかっ
ひょっとしてあれは、パソの盗用を防止する意図があるのかしらん…

というわけで、コンチャの映像に話を戻します。
言わずと知れたテクニックの持ち主。
どこを切り取っても、すんごい完璧。
昨年は来日を楽しみにしていたので、キャンセルと聞いたときはとても残念でした。
なれば、クルシージョ @ YouTubeといきますか…と思いつつ観始めたのですが、踊り始める前からその姿勢に釘付け目になりました。
おお、これぞ前重心の完璧なるニュートラルポジションビックリマーク

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加えて、ぜひ観ていただきたいのが、余分な力みの抜けた頸、肩甲骨や腕、そして背中です。
私が「美しい猫背」と呼ぶ、生理に反しないナチュラルな態勢。
体幹を引き上げるとは、腰椎に無理な負担をかけることでは決してないということが、コンチャと彼女の周りで踊る生徒さんたちとを見比べると、とてもよく判ります。
(ゴメンナサイ、キュートな生徒さんたち!)

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下は、音数の多いパソでのワンシーン。
コンチャの姿勢は、バレエでいう「プリエ」に当たります。
引き上げた体幹から脚をぶら下げるようにして関節を緩め、下肢の骨が自由に遊んでいます。
これに対し、他の生徒さんたちは腰の引けた「しゃがむ」姿勢になっており、膝関節に大きな負担がかかってしまっています。

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全編を通して、コンチャの姿勢は鳩尾(みぞおち)が落ちることがなく、骨盤の角度が一定の範囲におさまっているのが印象的です。
このため全身のバランスがきわめて安定し、無駄なバタつきが一切ありません。
こういう無理のないポジションから、フラメンコのアイレって生み出されるんだよなあー…

おっと、思わずパソをとるのをすっかり忘れて、すっかり鑑賞モードに入ってしまいました。
ティコタカタカター ツターツタカ…

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